コラム記事「経営学から診る「好きを仕事にする」ということ (1/2)

2022/07/04 土屋翔 (宇都宮大学 基盤教育センター 特任講師)

昨今、就職活動において、好きなことを仕事にした方がいいとか、やりたいことを見つけるとか、自分探しなど、大変耳障りのいいフレーズが飛び交っています。おおよそ、自分のやりたいことをやり、やりたくないことはやらないというスタンスであると思います。確かに、そのように考えることは個人の自由であるし、好きなことで生活できればそれに越した事はありません。ただ、本コラムでは果たしてそれは可能か?ということを経営学的に考えていきます。

 厚生労働省が2020年に報告したデータによると入社3年以内の離職率は、大卒で約33%です。あくまで平均なので、業界や企業規模などにより50%を超える業界もあります。他にもパーソナル総合研究所によると、入社前と入社後とで会社へのイメージにギャップがあったと答えた割合は、約77%にまでのぼりました。好きな仕事、やりたい仕事として入社しても、その後大多数は理想と現実とのギャップに悩んでいます。おおよそ、潜在的にやめたいと思っている人はもっと多く、データからも好きなことを仕事にすることが困難であることが容易に想定できます。

 以下では経営理論的に考察していきます。

 結論を先に言うと、恒常的に好きなことを仕事にすることはほとんど不可能です。その理由は、仕事を選ぶ主体そのものの好きな対象が恒常的であると保証できないことや、仮に主体の好きな対象が恒常的であっても、会社の都合で他の事業などに異動する可能性があること、などが考えられます。他にも「限界合理性」により、予測することが困難なことがあげられます。

 「限界合理性」は、1978年のノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンが提唱した理論です。この理論は、人間は認知能力に限界があるが故に最適解を選択することはできず、達成希望水準に達した満足解しか追い求めることができないことを提唱しています。人間は、物事を選択する際に全ての選択肢を羅列することはできず、せいぜい数個しか頭に思い浮かべることしかできません。さらに、それぞれの選択肢の結果を予測することも不可能です。人間の認知能力の限界により、現段階において満足解を見つけることしかできないのです。